受賞者

向山洋一教育賞の
年度別受賞者を紹介しています。

第4回(2025年度)全体講評

選考委員長 明石 要一
向山洋一教育賞は4回目を迎えました。今年も131本という、たいへん多くの応募をいただきました。リピーターの応募者がたくさんいらっしゃいます。だからでしょうか、レベルの高い論文をよく見かけます。と同時に、新規の応募も増えつつあります。学会としてはよい傾向です。
論文の質が高まっているため受賞者も複数となりました。よい論文なら、なるべく多くの方に授与したいと考えています。

第4回(2025年度)受賞者

Ⅰ.教育技術賞
松田 春喜
向山洋一の「熱中する授業」の考察
「遊び」を視座とした分類からモデル化へ
本研究は、日本の教育現場に多大な影響を与えた向山洋一の「熱中する授業」を「遊び」の観点から考察することにより、今後の「熱中する授業」追究における知見の提供を試みるものである。向山の授業には、従来の授業には見られなかった子どもを熱中させる要素があるが、それを体系的に追究する試みは、まだ充分とは言えない。本研究では、遊びについての分析から「熱中を生み出す要素」を抽出し、それを観点として向山の授業実践の分類を行い、特徴的な授業方法・技術を整理した。最後に「熱中を生み出す要素」を内容軸・方法軸とは別の「熱中軸」として授業に付け加えることにより「熱中する授業」への接近を試みた実例を示す。
審査講評
教育技術賞に選ばれた松田春喜氏の論文は、向山洋一氏が提唱した「熱中する授業」をヨハン・ホイジンガ、ロジェ・カイヨワなどの文献をもとに、「遊び理論」の視点から再構成したものである。「自由性」「非日常性」「挑戦と技能のバランス」などの要素を抽出し、熱中授業の構造を理論的にモデル化した点が評価できる。特に向山洋一氏の実践をさらに対応づけた表2、これを方法・技術として整理した表3はたいへん貴重である。
ただし、授業実践の事例が少数であり、理論の妥当性を裏づける具体的なデータの提示が求められる。今後は、抽出した要素の成果がより検証できるよう、授業や児童の様子を詳しく記述、分析することを期待する。
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Ⅱ.最先端実践賞
川原 雅樹
日本版インクルーシブ教育モデル試案
ボストン マサチューセッツ州で見たインクルーシブ教育を日本で実現させる
本論文は、日本における一律的な「みんな一緒」のインクルーシブ教育の限界を踏まえ、児童一人ひとりの特性に応じた支援を保障する「日本版インクルーシブ教育モデル」を構築する試案である。背景として、支援不足のまま通常学級に通うことで不適応を生じた事例や、ボストン視察で確認された柔軟な教育環境の実践が挙げられる。本モデルは、支援員の配置やセンサリールーム等の環境整備、発達検査に基づく個別指導計画の作成を重視する。また、K12から大学・就労までを見通した段階的教育や教員研修を通じ、合理的配慮を備えた教育の実現を提案する。最終的には、障害を「脳機能の違い」と捉え、多様性を尊重しつつ、すべての児童が安心して学び、将来的に社会で自立できるインクルーシブ社会の実現を目指すものである。
審査講評
最先端実践賞に選ばれた川原雅樹氏の論文は、ボストンでの視察をもとに日本版インクルーシブ教育モデルを構想したものである。日本におけるインクルーシブ教育の問題点を明確にし、支援員配置やセンサリールーム整備など、具体的な改善案を提言した意欲的な論文である。海外の理念を日本の教育現場に翻訳し直した構想力に優れている。
ボストンで実践されている事例を紹介し、それに対応した日本での取り組み可能例を具体的に考察し、実践結果と合わせて整理すれば、さらによい論文になったのではないか。今後は、本論文で提案したモデルを学校現場で実践し、成果が検証されていくことを期待する。
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Ⅲ.学級経営・児童生徒指導賞
勇 和代
小学校1年生のDCD(発達性協調運動症)や経験不足による不器用な子の巧緻性を伸ばす指導法
小学校1年生の教室で、教師の指示による作業が上手くできずに困っている子どもたちを見ることがある。例えば鉛筆を正しく持てない、雑巾を絞ることができない等の場面である。これらの多くは手を使った作業であり、微細運動も含まれる。うまくできない原因には、DCDや身体的不器用さ、家庭教育の低下も考えられる。そこで、実態把握のために、M-ABC2を使い、身体的不器用さの調査を行った。結果によると、運動能力が低く不器用さが目立つ子どもたちが多数いることがわかった。これらの改善には家庭教育ばかりではなく、学校で手の巧緻性を高めていく必要がある。巧緻性の指導としては、基本的な生活習慣や各教科での指導、特に生活科・図工科・音楽科での学習が有効であった。また、筆者が考案した各種テキストを使うことで、子どもたちは楽しみながら巧緻性を高めることができた。
審査講評
学級経営・児童生徒指導賞に選ばれた勇和代氏の論文は、小学1年生に見られる不器用さやDCD(発達性協調運動症)に焦点を当て、巧緻性を育成する具体的な指導法を構築したものである。調査と観察を基盤に自作教材や指導プログラムを開発し、児童の実態に応じた支援を実践しており、特に「手の動き」と「脳機能」の関係に言及し、発達支援を科学的視点から捉えた点が意義深い。
一方で、調査による検証が不十分な点があった。本論文の指導の成果を検証するためには、同じ調査を再度行い、数値が改善されているかを確認する必要があるだろう。
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Ⅲ.学級経営・児童生徒指導賞
佐藤 智彦 平山 靖
児童に算数語彙を理解させる指導法の工夫
フラッシュカードを用いた小学3年生への指導
本研究では、フラッシュカードを用いた算数語彙指導の効果を検証した。第1筆者が小学3年生の28名を対象に、13日間にわたり1分間程度のフラッシュカードの指導を実施した。用いた算数語彙は「等しい」「まとまり」「ずつ」など13語であった。フラッシュカードを用いた指導の前後で、それぞれの算数語彙の理解度を測るテストをした結果、平均正答数は有意に増加した。特に「3つ分」「等しい」「まとまり」「もとにする」など6語で正答率が10ポイント以上向上した。一方、「頂点」「それぞれ」「求める」などは改善が乏しく、フラッシュカードのみでは理解が困難な算数語彙も存在することが示唆された。フラッシュカードを用いた算数語彙の指導は児童の理解を促進し得るが、語彙の特性に応じて多様な指導法を併用する必要があると考えられた。
審査講評
学級経営・児童生徒指導賞に選ばれた佐藤智彦氏・平山靖氏の論文は、小学校3年生に対して算数語彙を理解させるため、フラッシュカードを活用した指導法を検証したものである。事前・事後の調査を比較し、「即効性のある語彙」と「即効性のない語彙」を明確に区分している。t検定や効果量による統計的分析を行い、学習効果を定量的に示した点も学術的意義が高い。
ただし、結果の一般化にはより慎重な考察が必要である。例えば、成果が見られなかった児童への追跡調査を行うなど、効果の個人差を分析することによる算数語彙指導の精緻化へ繋げる展開も考えられる。
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Ⅳ.向山洋一実践・研究賞
太田 政男
児童の表現意欲を育む表現運動指導の工夫
小学校6年生における12時間の実践と児童の言語データ分析による検証
本研究は、小学校高学年の表現運動において、児童の「即興的な動き」と「表したい感じ」の明確化に焦点を当てた指導の工夫が、児童の思考や表現方法の変容や協働性の向上にどのようにつながるかを検証したものである。2学期の指導(6時間)では、向山(1985)の「個別評定の原則」や村田(2011)の「4つのくずし」を取り入れ、Miroによるイメージ共有や振り返りを重視した。これにより、児童が「即興的に動けること」自体が安心感を高め、結果としてEdmondson(1999)のいう心理的安全性の向上にもつながった。3学期の指導(6時間)では、児童が主体的に「どう表現するか」を考え、活動する時間を増やした。その結果、思考は「個人の動きの追求」から「集団的な表現の創造」へ発展し、メタ認知と社会性の深化が児童の感想文の共起ネットワーク分析から客観的に示された。
審査講評
向山洋一実践・研究賞に選ばれた太田政男氏の論文は、表現運動における「即興的な動き」と「表したい感じ」に着目し、AIを用いた共起分析によって児童の変容を可視化したものである。心理的安全性の保障と創造的表現の関係を実践的に示し、ICT活用による体育授業の新たな方向性を提示した点が評価できる。
ただし、複数の要素(個別評定・くずし・ICT)のうち、中心概念の焦点化がやや曖昧であった。どの要素が児童の変容を主導したかを明確にし、理論的枠組みを整理することで、研究の再現性と説得力が一層高まるだろう。
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特別賞
武井 恒
サポートシートを軸とした専門性向上パッケージの実践研究
特別支援教育の現場から専門性を共有する
全ての教師に特別支援教育に関する専門性が求められている。しかし、現状では専門性が十分に担保されていない。そのため、教職経験年数や学校種を問わず、特別な支援を必要とする児童や生徒への一定の指導や支援を可能にする実践的な資料やプログラムの整備が不可欠である。そこで本研究では、特別支援教育に携わる教師の専門性向上を目的に、サポートシートを軸とした「専門性向上パッケージ」を開発し、その有効性を検討した。まず、山梨県内外の特別支援学校教師38名を対象に質問紙調査を実施し、「将来を見据えた指導計画」や「複数担任による授業づくり」に課題があることを明らかにした。次に、行動の背景を探り、将来の姿を見据えた支援を記入するサポートシートと指導・支援に必要な教材を選定する教材バンクを活用した実践を行った。その結果、児童の行動変容が見られ、教師にとっても支援策検討の有効な手掛かりとなった。今後は、事例の蓄積や対象障害・学校種の拡大、教材バンクやQAシートを含むパッケージ全体の充実を図り、専門性を個人だけでなく組織で担保する仕組みづくりを目指す。
審査講評
特別賞に選ばれた武井恒氏の論文は、特別支援教育における教師の専門性向上を目的に、「サポートシート」を中心としたパッケージを開発したものである。38名の教員調査から課題を明確化し、教材バンク・研修・SNSを統合した仕組みを提案している点が実践的である。現場のニーズを的確に捉えたモデルを構築しているといえよう。
質問紙調査の結果とパッケージとの対応関係を示したり、対話をデータ化して質的に分析したりすることで、さらに良い論文となるだろう。継続的な運用とデータ分析を通じて、現場での汎用性と教育的成果が明確になることを期待したい。
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特別賞
木村 重夫
大学生の数学指導に向山型算数指導法を応用する
公務員試験「数的処理」の授業で効果があった指導の工夫
小学校の教員を35年間勤めた翌年から大学に異動し、学生に数学を教えて今年で8年目である。公務員試験に頻繁に出題される「数的処理」の基礎を1年生に必修で教える「キャリアマネジメントⅠ」を担当している。大学で授業するにあたって、筆者が学んできた「向山型算数」を応用して指導している。まず、易から難へとステップを踏んだ大学テキストを作成した。ノートは方眼の「TOSSノートα」を指定し、図形指導では定規を使わせた。毎時間の授業コンテンツを作成し、自作プリント「ニチブンスキル」で到達度をチェックさせている。学内模擬試験対策として「プレテスト」を配布する。学生の実態に応じて個別指導を行うなど毎年工夫を重ねている。その結果、一定の効果が見られるようになった。
審査講評
特別賞に選ばれた木村重夫氏の論文は、「向山型算数」の原理を大学教育に応用し、公務員試験「数的処理」指導に成果を上げた実践研究である。テキストやTOSSノート、理解度確認プリント「ニチブンスキル」などを多面的に活用することで、学生の学習意欲と理解度を高めた。さらに、実践年数の厚みと改善の積み重ねにより再現性と発展性が認められる。
木村氏の作成した数的処理の教科書が従来のものとどう違うか、どの手立てがどのように効果があったのか、把握しにくい点が惜しまれる。今後は学生の自由記述などを分析し、学習行動の変容を質的に示すことで、大学教育における応用的研究に発展できるだろう。
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第4回(2025年度)最終選考論文

一次選考通過論文
加藤 心
やりとりにおいて、英語を翻訳せずに高速処理しているかどうかを検証する
1秒以内に返答する授業をしたら、英会話テストでも1秒以内に返答できるようになる
笹野 達哉
感覚支援教材「にぎもん」の効果的活用法
発達支援を必要とする児童56名への実態調査に基づく実践報告
加藤 三紘
ICT活用と会議運営改革による学校業務の効率化と働き方改革の実践
向山洋一氏の理念を ICT 環境に応用した取組
許 鍾萬
一単位時間の授業における教師の賞賛と児童の認知に関する検討
教師の賞賛の行為は児童に届いているのか
小川 晋
生成AIを用いた学習のマルチモーダル化に関する調査研究
生徒の自発的なモード変換に着目して
加藤 紀子
特別支援学級(知的)児童を対象とした「時刻の読み方指導法」の一考察
小原 嘉夫
フォークペタゴジーの融合と調和のための小学校社会科授業デザインとその評価
PBL的社会科単元構成による第3学年「市の様子(加古川市の風景印)」を事例に
村瀬 歩
向山実践における教授行為の体系化の試み
概念的知識・手続き的知識・知識の活性化に基づく算数教育分析
伊藤 篤志
基盤的学力としての情報活用能力の育成
教員が育つ校内研修システムの構築を通して
大川 雅也
運動会における「全員リレー」指導の工夫とその効果
50m走の記録向上に焦点を当てて
東田 昌樹
どの子も大切にされ、どの子も成長する学校づくり
組織的に子どもを褒めて伸ばす実践を中心にして

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